1997年:新藤智さんより


「環境教育って何? 落ち葉が問いかけていることなど」

 

 今、学校では「環境教育」が花盛りである。子どもたちは実感がないかもしれないが、先生たちはいろいろな研究会などを通して「環境教育」のあり方や具体的な進め方を一生懸命勉強している。教育学の研究者の中にも「環境教育」を研究する人が急激に増えてきた。最近の教員採用試験の問題にも「環境教育」はたくさん出題されている。「環境教育」だけに止めずに、教育問題としてとらえていくことは、大変いいことだと思う。特に環境に関しては現在だけの問題としてはとらえられないものであり、教育の果たす役割は大きいと思う。

 

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 しかし、「環境教育」にはいくつかの矛盾点や問題点があるようにも思われる。例えば、最近の高校、特に私立学校では生徒に掃除をさせず、清掃業者が掃除をしている場合も少なくない。その影響か、廊下にゴミが落ちていても拾う生徒は少ないらしい。普段の学校生活や生徒指導の中でこういった指導をしていくのも、一つの環境教育だということだ。ところがこれは、快適な学校生活を過ごすための環境づくりである。これと、自然保護・環境保護はある部分で相容れない所がある。もし、廊下ではなく、中庭だとしよう。そこに、落ち葉がたくさん落ちている時、先生はどう指導すべきなのか。当番がいつもきちっと掃除をして汚れないように指導すべきなのか。または、生活科や理科の生きた教材として自然の営みや季節について教えてみたり、秋のスケッチのテーマにしたり、これを見て詞を創ったり、作曲をしてみたり、そのような有効活用はいくらでもある。「環境教育」の立場からすると、どちらの指導が妥当なのだろうか。


 簡単には答えはわからないが、偉い先生がたくさん研究するよりも、もっと身近で、もっと簡単にできる「環境教育」はたくさんあるはずだ。教育だからといって肩に力を入れる必要などまったくないのに、と思う。


 修学旅行や遠足だって、旅行会社のツアーのように観光地だけを回ったり、神社・仏閣巡りをするだけでなく、半日位、河原や浜辺で遊んで、わずかでも自然と触れ合うきっかけ作りをしてもいいのではないかと思う。

 

・新藤智(東京都 協同出版株式会社取締役編集部長 月刊「教職課程」編集長)

 

 

1997年10月25日発行(通巻13号)ミニコミ誌「会員りれーえっせい⑩」より

*役職は当時


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