ダム

 

対談:近自然河川工法とは川の個性を大事にする事

 

■対談 TALK 近自然河川工法とは川の個性を大事にすること
 Naturalistic Method:Respecting the Individuality of Each River
芝浦工業大学教授、東京大学名誉教授 高橋裕 VS 市田則孝(財)日本野鳥の会常務理事、事務局長
YUTAKA TAKAHASHI(Professor of Shibaura Institute of Technology) VS 
NORITAKA ICHIDA(Director of Wind Bird Society of Japan)

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高橋裕氏(Yutaka Takahashi)】
芝浦工業大学教授
1927(昭和2)年 静岡県清水市生まれ
1950年 東京大学第二工学部土木工学科卒業
1968年 東京大学工学部教授
1987年 東京大学名誉教授 芝浦工業大学工学部教授
1953年 筑後川水害調査以来、河川調査を重ねる。
1958~60年にかけて、フランス、グルノーブル大学に留学。1973年バングラデシュガンジス川、1978年シリア砂漠カナート、1980年シリア砂漠、サハラ砂漠カナートに海外調査。
一般向け著書に「都市と水」(岩波新書)「水のはなし1・2・3」(編著・技報堂出版)「利根川物語」(筑摩書房ちくま少年図書館)「日本の川」(共著・岩波書店)など。

一般財団法人 北海道河川財団> 講演会・イベント > 平成20年度 第2回RIC講演会

受賞者|ジャパンプライズ(Japan Prize/日本国際賞)

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市田則孝氏(Noritaka Ichida)】
1946年 東京生まれ
1969年3月 東京水産大学増殖科卒業
1969年4月(財)山階鳥類研究所標識研究室嘱託
1970年7月(財)日本野鳥の会研究員
1975年9月(財)日本野鳥の会事務局長
1984年2月(財)日本野鳥の会常務理事
主な役職は
(財)日本対外文化協会理事 (財)日本自然保護協会評議員 東京都海上公園審議会委員 緑の国勢調査協力会副会長 東アジア鳥類保護会議事務局長 国際鳥類保護会議理事・アジア部会副部会長/日本支部理事
著書に「河川の生物観察ハンドブック」(東洋館出版)1976 「野鳥調査マニュアル」(東洋館出版)1990(いずれも共著)などがある。

Think the Earth | 012 Earthrium アースリウム


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ーー利根川はこれからどう変わっていくか、大変興味深いところです。自然保護の観点から最近の状況をみると自然と調和するような技術開発がこれからの最重要課題になるのではないかと思うのです。まず、利根川の位置づけからお話しください。


利根川の特徴


高橋 利根川が日本全体の川の中に占める地位ですが、いろんな意味で日本を代表する川だと思います。日本の川には北海道から沖縄までいろんな川があるけれども、利根川には日本のあらゆる川の特徴がだいたいあると思います。地質的にいいますと古生層、中生層、第3紀、第4紀の地質が全部あるんです。日本の地形とか川では火山を抜きには語れませんが、利根川流域には浅間山のような有名な火山があります。地質学的にはよく、糸魚川ー静岡ラインを境にして、東北日本西南日本に分けていますが、両者は非常に違うんですね。地形学的、地質学的に。そのラインでいうと利根川東北日本ですが西南日本の続きも見られ、西南日本の特徴も入っている面もあります。そういう自然地形、自然地質という面からみて、日本の代表的な川であるといえます。日本の特徴である火山性の一番特徴的な吾妻川の酸性の川があり、浅間山白根山から流れてくる吾妻川がその最たるものです。
また、気象的には利根川流域には梅雨もあるし、台風もやってきます。あまり多くはないが、北部の栃木や群馬の山沿いでは雪も降って雪解け水もあり、融雪洪水もあるという意味でも日本の特徴を凝縮したようなところですね。それから多分利根川は、淀川などと並んで一番開発された川です。ダムもたくさんありますし、大河川工事もありました。地理的には東京並びにその後背地である関東平野があり、関東平野は日本で一番大きい平野ですから、非常に大事な地域ですね。だから十分に守らなくてはならないということから大治水工事が行われた。江戸時代は、重点的に江戸を守るのが最重点でしたね。
例えば東側の尾張藩を守るため、西側には堤防を造らせなかったり、高さを制限したりして西側はひどい目にあった。しようがないから自衛のために輪中を造ったわけです。尾張三尺といって、尾張藩が大事だから徹底的に守るわけで、木曽川の堤防を造るときに、尾張藩の向こう側の堤防は少なくても三尺は低くしなくてはいけなかった。それを尾張三尺というんです。もしくは造ってはいけなかった。濃尾平野はちょっと西に傾いているんですよ。その低い方に低くしか造らないんだから、尾張藩は安泰ですが、西はたまったもんじゃない。輪中根性といって、なんかエゴの象徴みたいにいいますが、何故輪中堤防を造らなければならなかったかを考えないと気の毒ですよ。
江戸時代から明治、大正、昭和に至るまで東京の治水にも重点を置いています。ということは、利根川の治水に重きを置いているし利根川には巨大な治水投資を江戸時代から明治政府にかけて投じたということですね。


◉治水の役割


高橋 日本は河川工事をよくやってる国ですよ。こんなに人工的な川を造った国は他にないわけでね。だから環境保護者に今お叱りを受けているわけです(笑)。お叱りを受けるけれども、重要な日本の大都市とか産業の基地はだいたい沖積平野に固まっているわけで、関東平野濃尾平野大阪平野あるいは新潟平野、筑紫平野など。
沖積平野というのは今まで1万年かけて洪水が運んだ土砂でできた土地ですから、逆にいうと、いつも洪水の脅威にさらされているということです。これはアジアモンスーン地帯の特徴です。それは立地上、土地が肥沃であり、特に海に近い所は広い後背地を持っているし、海に面してますから港その他の面で非常に立地条件がいい。そこでそういうところに都市が出来、産業を起こす。しかし泣き所は、沖積平野ですから、時々洪水が来る。だから洪水に対する安全性を高めないと、沖積平野の価値は半減するわけです。沖積平野の人たちは川の洪水の水位よりは低い地盤に住んでる場合が多い。だから治水は大事ですよ。
それから、東京という大都市を養わなくてはならないから大量の水がいるわけです。だから利根川は大変立派に水資源開発を行った。したがって、日本の河川はある意味ではみんな人工河川なんです。


ーー利根川の支流の小貝川は、よく氾濫するようですが原因は何ですか。


高橋 小貝川は利根川の支流ですが、直轄河川であんなに堤防が切れる川はないですよ。昭和10年、13年、25年、そして56年、61年とよく堤防が切れる川です。


市田 何か特別な理由があるんですか。


高橋 江戸時代以来、あの辺は相対的にはあまり水のないところで、開発しなければならなくて、江戸時代には農業用水を取りやすいように、川の河床をむしろ上げるような政策をとったわけです。大きな堰を3つ造って、それは当然氾濫になりやすいですから、氾濫に対しては人々はなるべく高い所に住むとか、川べりには稲は作らない、そういうことで間接的に対応してきた。明治以降になって、そういう総合性を捨ててしまった。治水は治水だし、農業用水は農業用水になって。
土地と農業形態と治水とが一体となっていたのが明治以降おもに内務省農林省とに分かれてしまった。つまり水害対策と土地政策の行政が分かれてしまった。


市田 河川の護岸を全部はがして石とかに戻していくのは無理なんですか。私たちの目から見るとコンクリートべったりというのは何の意味もないんですよね。できることなら日本中のをみんなはがしてちゃんとした石護岸にして欲しいと思ってるんですけど。


高橋 コンクリート護岸の方が洪水に当たったときの強さはあります。最近は環境護岸が流行して、山口市のホタル護岸は後ろにコンクリートを隠してます。見た目は石積みで、はがすとコンクリートがあるという折衷案ですね。強度はあるわけです。いわゆる土手は強度は弱く洪水の時に削られやすいのです。今の折衷案は後ろにコンクリートを隠しながら前に石積みやら土をやる。しかしそれが未来永劫にいいとはいえんかもしれません。


ーー利根川の堤防の傾斜はロックフィルダムに似ていて、だからすごく綺麗だなっていう感じがしたんですが。ところでロックフィルダムについて説明して下さい。


高橋 ロックフィルダムはコンクリートダムと違って、絶対洪水をオーバーフローさせない構造です。崩落する恐れがあるからです。コンクリートはダムの場合はゲートによって乗り越えさせます。ロックフィルダムは洪水の流れを決して乗り越えさせてはいけないんです。ロックフィルダムは横にバイパスがあって、洪水の水を全部そこに流して決してオーバーフローさせない。だから横にある余水吐を、コンクリート重力ダムよりははるかにキャパシティの大きいものを造らなくてはいけないんです。オーバーフローするとダムが壊れるんです。だから洪水に対する余水吐の流量はコンクリートダムよりロックフィルダムの方が2割強とってます。
ですから堤防もコンクリートの方が強いですね。石積みも非常に巧みな石積みなら相当強いです。石積みの強度は摘み方によっては非常に違う。だからたぶん、非常に優れた石積みをすれば、コンクリートに負けないでしょう。もう積める人は少ないです、日本には。いろんな職人がどんどんいなくなっていくでしょう。河川工事の石工もそうです。今、自然河川工法のように石が大事になってきたときに、秀でた石工はほとんどいませんね。いても値段が高いと思います。コンクリートが何故普及したかというと、強度が土や石よりも強いからです。それとミキサーなんて昔なかったのがちょうど高度成長期に、現場でコンクリートを打つのが非常にたやすくなったわけです。現場打ちの施行技術が非常に進歩したことで、かえってコンクリートの方が石積みより安上がりで強度があるというので、高度成長期に一斉に普及したんです。その頃は今と違って環境保護の声は弱かったし。災害が非常に多い時期だからまず強度を求めたわけです。大部分の住民は熱烈にコンクリート護岸を要望しました。
石積みでは穴太積みが強度は強いですよ。元来は城壁ですが、城壁の多くは戦国時代以来崩れていません。地震にも土石流にも強い。少なくとも地震ではブロック塀よりははるかに強い。それはやはり積み方がうまいからです。それから排水にも工夫してる。隙間なく詰めたりしない。セメントで固めませんからあっちとこっちに隙間がある。だから雨が降っても水が適当に出ていくから、土石流にもコンクリート護岸より強いですね。ちゃんとした石積みなら地震にも洪水にも強いと思います。そういう石積みならいい。それを積める人はほとんどいませんね。滋賀県安土町の北川では河川護岸に穴太積みで施行されており、大歓迎ですね。


市田 生き物には穴が必要なんですよね。いろんな穴があることがものすごく重要なんです。石積みのようにピタッと作られちゃうとね、ある程度の隙間を作ってくれるといいんです。後ろの土と通じていればなおよいのです。それを技術開発する時に考えてくだされば多分できると思うんです。

 

日本のロックフィルダム一覧 - Wikipedia


◉現代の問題点


ーー自然保護の立場から現在の利根川をどう見ていますか。


市田 いくつか問題があると思いますが、ひとつは、どうして河川敷というか河原が大切かということなんですよね。それは「多摩川の自然を守る会」をつくった時に皆で考えたことなんですが、結局日本の都市計画の中に緑の考え方が非常に少なかったんですよね。ですから、街が家だらけになっちゃった。今になって緑を増やすといっても実際問題できませんよね。そうすると大きな町の周辺にあって、広いオープンスペースの自然の場所というと河原しかないんじゃないですか。そういう意味で、東京近郊で広大な自然的な場所が残っているというと、多摩川であり、利根川であるわけです。多摩川はかなりいじってしまいましたけども、利根川はまだいろいろ自然が残ってるわけでしょ。ですからそういう意味での重要性があるんですよね。
「多摩川の自然を守る会」をつくった時に、高橋先生にお目にかかって、河川管理と自然保護について理論的な根拠をいただいたと思ってるわけです。それで建設省といろいろお話をして感じることは、この20年間に姿勢が大きく変わりましたね。利根川などで多自然型の川作りが進めば、影響はとても大きなものがあると思いますね。そういう意味でも利根川って、私たちにとっても非常に関心があるわけなんです。


高橋 いろんな流行が、まず東京に始まって全国に流布していくように、川でも、利根川隅田川多摩川が変われば全国の川が変わるかもしれませんね。都市水害も東京に始まったんです。典型的な都市水害は昭和33年の狩野川台風で、初めて山の手水害が発生した。それまで東京の水害というのは下町を襲うものだったんです。ところが昭和33年に初めて山の手も下町もやられました。それはその当時宅地化が激しく進んでいたからです。急に山の手に雨が多量に降り出したんじゃなく(笑)、昭和33年頃、東京の人口が急激に増えていました。


市田 その頃から雑木林なんかがなくなりましたね。


高橋 従来の雑木林とか水田に宅地が建って、そこが災害に遭った。それが都市水害のはしりです。東京で始まった都市水害がその後、全国に10年、20年かけて広がっていった。つまり都市水害も東京で始まると、それが全国に流行していくわけです。だから新しい河川工法が、日本の代表的河川である利根川で成功すれば全国に浸透する可能性があります(笑)。


市田 それをぜひ可能性のある具体的なものにしてもらいたいと、私たちは思っているんです。ただ心配なのは、例えば造園と自然保護でいっている公園づくりは似ているようで、全然違うんですよね。同じ事を河川管理でいうと親水護岸とかいろいろ出てきますよね。それは人間が水に親しむという発想ですね。第一段階はそれでいいんですが、そこにもうひとつプラスして、そこに生き物がどう戻ってこれるかという発想が加わると、内容がうんと変わると思うんです。そこの接点がなくて、今出てきている親水護岸が、それがファッションになっちゃうとそれはとても心配だなあって思ってるんです。


ーー最近、ロックフィルダムが増えていますが、それは自然にやさしいからという理由からなんですか。


高橋 それは関係ありません。場所によってはコンクリートダムより安くできるからです。1960年代からロックフィルダムの施行技術が非常に進歩し安全性も高くなりました。それからロックフィルダムが流行るようになったのは、ひとつは土木機械が非常に進歩して、大型化しているので、近くに岩石山があれば、ロックフィルの方が安くできるようになったからです。佐久間ダム(昭和31年)の時は全てアメリカの機械を輸入した。20トンのダンプトラックをみてみんな非常に驚いたわけです。ダンプトラックやジャンボドリルを日本で初めて使ったんです。全断面掘削の機械をジャンボというんですが。今はジャンボなんて機械はもとは土木の機械かを知らない人が多いくらいです。その前の昭和20年頃には5トントラックでさえビックリしてた。ところが佐久間ダムでいっぺんに20トン運べるというんで驚いたんです。
今は80トンものダンプがありますよ。土砂をいっぺんに大量に運ぶことができるようになり、ロックフィルダムは非常に安くなった。その他ロックフィルダムの設計理論も進歩しました。ロックフィルダムがいいのは、ダム湖畔でコンサートや花火などを開く場合に、あの緩い斜面に腰掛けコンサートを開いたり、花火を見たりできます。それにコンクリートよりは石の方がこのごろは喜ばれます。昔はダムに限らず、下水道なども、とにかく人を遠ざけようとしていましたね。何か事故が起きた時に責任とらされるからです。高度成長期には川にも近づくなというように、かつてはほとんど側へ寄らせなかった。


市田 多摩川でもそうですよね。堤防の中は汚いしチカンもいるし、行っちゃいけないと学校の先生が言ってましたよね。


高橋 川では泳ぐなと指導しましたね。確かに砂利採取の跡だと危険なところがあるけれども。


市田 先週までアムール川で野鳥保護のシンポジウムをやってましてね、船の中で議論をしたんですけど、あそこはけっこう流れが急なんですね。子供が流れの中でみんな泳いでるんですよ。危険なんて言ってない(笑)。


高橋 日本の子供はこのごろ、親もそういう所に行かせないし、行政は溺れたりすると管理責任をとらされるから、いっそみんなを行かせまいとしてます。しかし子供がひ弱になってしまうんじゃないかな。


市田 ほんとうにね。イキイキとして泳いでましたよ、あそこで。兵隊さんなんかも、夕方になると訓練を終えてそこでパーッと服を脱いでシャワーのかわりに皆泳ぐんですね。


高橋 子供の時から疑似自然じゃなくてほんとの自然に親しみ、怖さを知ることが大事なんです。ところで近自然河川工法ですが、数年前から大流行ですが、基本的には賛成です。植栽とか、土とか石などなるべく自然材料を使って、魚とか昆虫と共生できるようにするというのが主旨ですので、その限りでは大賛成ですが、これがファッションになっては困るんですね。一時的流行になってしまっては。日本でもコンクリートが出る前は、今言う近自然河川工法だったといえます。その頃誰も近自然河川工法なんて言わなかったけど、コンクリートがない時代は、土や石やネコヤナギとかカツラとかの植物を使い、どこの川にはどういう植物がいいだろうかと、石をどんなふうに積んだらいいだろうかと、昭和30年ぐらいまでの河川技術者はそれに苦労していたんです。そして伝統的河川工法が育っていました。それは今で言う近自然河川工法だと思います。ところが最近は近自然河川工法がドイツで始まったので、盛んにドイツやスイスの先生を呼んで講習会をする。それが流行るんですね。スイスやドイツの先生に教わることはいいことです。しかしスイスやドイツの川と日本の川は違うわけです。ドイツはこういう条件だったからこのようにしたいということをこちらが理解する能力がなければいけない。日本の川も、北海道の川、東北の川、日本海側の川、太平洋側の川、生物や動植物も、昆虫もみんな違うわけです。特に自然材料で生物を相手にするとか、植物を使うとか、それらの地域地域にあったものをそれぞれ編み出すべきです。川の個性をみることです。植物や生物も、そこの川のどういう植物が気温や水温に適しているか、それとそれぞれの川の洪水などの流れ方にあった自然河川工法をやらなくてはだめでしょうね。


市田 例えば、造園が悪いというわけではないですが、親水公園なんて、ライン川がどうだった、ああいうのがいいなんて言って、そういうのが流行っちゃうんじゃないかって思うんですね。


高橋 流行りつつありますね。それと、建設省が自然河川工法は大事だからとすぐに造園コンサルタントに頼みますが、とかく川を庭園風に作ってしまうんです。見た目は綺麗ですよ。でも川は自然であって、庭じゃないのに庭を作るのと間違えてる。


市田 大井の埋め立て地に東京港野鳥公園ができたんですけど、そのときは港湾局と相談して、結構面白いものを造ってくれたんです。そして江戸川区の葛西の水族館の脇に野鳥公園を造っているんです。安心して造園家さんに任せたらあまり綺麗に造っちゃってびっくりしました。疑岩使ったり、植物も、ユウカリなんかを植えて。


高橋 要するに自然と称して、自然と違う物を造ってる。


市田 そういう意味での考え方も含めて、ぜひ利根川で自然を入れた治水とはどういうものかということをやっていただいたら素晴らしいと思うんですね。旭川の牛朱川の話を私たちの支部の人たちがしたんですね。そこで話を聞いてびっくりしたんですけど、北海道開発局が何をやったかというと、カワセミの巣の場所へ行って、泥の粒度を全部調べちゃうんですね。そして同じものを堤防の内側に入れて、人工の巣を作ったんです。でも作ってから色を塗る前にカワセミが入っちゃって、巣作りを始めたというのです。ちょっと残念だったのは、せっかく作って下さるのならあのカワセミの入る穴もコンクリートで作るんじゃなくて、もう少しね、自然なもので作れたらよかったと・・・そういう意味で、これは保護団体側にも問題があるんでしょうけど、建設省の方と環境を考える人たちと、もっともっと話ができるといいですね。


高橋 綺麗な同じ粒度の砂や砂利を揃えるとか、生物的発想でなくて物理的発想ですね。河川技術者とか土木家は、基本的に物理的発想なんです。生物的発想は違うんですね。だから生物的発想をどう取り込めるかが、これからの河川改修の正念場だと思いますね。開発技術者と生物生態学者とは、基本的に発想や考え方が噛み合わない点があります。おのおの議論しても、違う土俵でお互いにわかったと思っている(笑)。
ところがアメリカでは、20年ぐらい前から、エンジニアリングの教育に生物を必須科目にしたんです。僕は日本もそうすべきだと思うんです。ヨーロッパもそうです。国によって違うけれども、やはりこれからのエンジニアは生物学とはどういうものか、生物学の科学方法論とはどういうものか、それは物理学の手法とどう違うかを勉強して欲しいですね。それがないと、たとえ自然河川工法をやる場合に、物理的な面ではうまくやるだけでなく、相手が生命があるものであるということも考慮してほしいですね。
特に土木工学とか河川工学とかは物理学的な法則のみが全てではなく、生物学の知識や考え方、法則を知るべきでしょうね。でも実際には物理的にイミテーションしがちですよ。どこかの川で成功してうまくいくと、それではあそこで使った石や植生まで考えてしまう。気温の低いか高いとか、つい数字で表わされるもので解釈しちゃう。温度何度ならこういうのがいいというわけではないんでしょう。さらに加えて最近では景観も重要になりましたから、いっそうファジーですよ。


市田 1970年頃から川の自然、川には治水だけじゃなくて、自然環境の面での問題点があるんだということを私たちなりに言わせていただいてます。たぶんそういった社会的な声を受けてだと思うんですけども、河川環境管理財団とかができましたね。それはひとつの進歩だったと思いますけど、実はあれができたために、いわゆる生物グループが直接建設省の人と会って話をすることができなくなったんですね。あいだにそういう方たちが入っちゃって逆にやりにくくなったんですね。それで、生物のグループの人たちも諦めちゃった部分がありましてね。この頃になってまた建設省の方で、多自然型の川造りという形でいろいろ打ち出していますね。今また直接話ができるようになってきているんですが、私たちは大変重要なチャンスだと思っているんです。違う土俵で勝手なことばっかり言ってるのかもしれないですけど、先生のように両方ご理解されてる方にぜひ行司役になっていただきたいですね(笑)。


高橋 やはり同じ土俵で、相手の取り口を研究して、協力することは不可能ではないし、すべきなんですよね。


市田 利根川でも下流の方ですけど、小貝川町がありますよね。あそこにオオセツカという東北の一部にしかいないウグイスの仲間の鳥がいます。それが1984年に利根川にいるというので調べたらけっこういましてね。おそらく200羽ぐらいみつかったんです。みんなでどうしようかと考えましてね。建設省の管理地だから相談に行ったんです。河川計画課に相談に行って、こういうのがあるんだけど、これから掘削したりすると大変だから何とかなりませんかって相談に行ったところ、そんなに貴重な鳥かというんで、データを出してみせたら、分かったと。全部いじるなというのは無理だけど、大部分は残すからどうだと、そういうふうにしてくれたんですね。


高橋 1970年頃だったら難しかったかもしれませんね。


市田 全然ダメだったかもしれませんね(笑)。


高橋 70年代の終わり頃から変わったんですね。東京都で隅田川で散歩しながら川を見えるようにしよう、そういう堤防をどうしたらいいかについて僕は委員長になって検討しました。その頃それは極めて特殊な例でしたね。80年はようやくそういう方向に軌道が変わった頃ですね。


ーー何かきっかけがあったんですか。


高橋 世の中の大きな流れでしょう。一つはオイルショックを契機に、資源を大事にしようという機運になりました。それまでは大量消費が日本経済を動かすみたいで、無駄使いがいいみたいだった。大きいことはいいことだといわれていた。オイルショックで資源というのは大事だと再確認されました。日本経済は打撃を受けたけどね、長い歴史で大局的にみればね、あのままいっちゃったら破局ですよ。浪費するのがいいみたいなことにあの時ブレーキがかかったんです。日本経済にとって危機だったけど、日本が回復が一番早かった。資源っていうのは大事なものだという概念が一般の国民に与えた効果は大きいと思います。河川工事も従来、経済効率一点張りで機能的にいいものがよかった。それがいろんなオイルショック波及効果で、経済効果だけじゃダメなんだと、やはりもっと違う価値観があるということをオイルショックで教わったんじゃないかな。河川工事も従来は洪水をうまく吐き出すための機能のいい樋であればいいとか、あるいは水資源開発は経済効率よくダムを作って水資源を生み出せばいいという考え方が反省された。だから河川工事も従来のものとは違い親しみがあるようなものに価値観が変わったんですね。


◉渡良瀬遊水池の自然を残す


市田 今僕らの中でホットなのは渡良瀬の遊水池なんですけども、あれはもっとおもいきって自然を取り戻すというような形での計画をするっていうのはなかなかまだ抵抗があって難しいんですか。


高橋 具体的なことは知らないんですけど、あれだけの土地の広さ、水のある空間だから、遊水の機能を損なうことなく、ひとつのいい自然を作るようにしたいですね。これは渡良瀬遊水池や利根川に限らず日本の川の特色です。どこもこれからは従来の治水利水機能に加えて自然との共生をどう調和するかが技術者にも問われる問題ですね。
渡良瀬遊水池を初め、利根川には遊水池がずいぶんあります。それは日本の川が普段の流れと洪水の時との差が激しいから、川幅を広くとって、断面積を大きくして、たくさんの洪水流を流せるようにするからです。いうまでもなく、遊水池はめったに使わないわけです。場所にもよりけりですけど、高水敷に水があがるのは多くても年に1回ぐらいですからね。たとえ年に2、3回あっても、1年のうち300日以上は使っていないわけですから、その時にどう使うかが大切です。水のある空間が貴重になってきたので、遊水池を普段どう使うかが重要ですね。特に利根川はそういう意味ではスペースに恵まれているから、うまく使いたいですね。


◉自然を積極的に活用


高橋 利根川を歩いていて微笑ましいのはね、中流のあたりの高水敷にかなり牛がいますね。あれはいい風景ですね。牛は目につくけど、その他にも我々の目につかない小さい生物がそれなりの生態系を保っているんでしょうからね。逆に外国の川はそんなに高水敷が広くないわけです。それは日本の川の特色でもありますが、洪水の規模が大きいから河幅を用意しなくてはならないわけです。ある意味では土地がもったいないわけですが。それは逆手にとってそこを自然を重んじる立場から積極的にうまく使うことを考えるべきでしょうね。


市田 そう思います。そのためには直接管理しているのが建設省ですが、建設省だ保護団体だっていってる時代じゃないと思うんですね。お互いにぶつかるところはあるでしょうけど、どうやってそれをうまく活用していくかというのを考えるべきです。そういう動きが今出てきてますよ。この動きを壊しちゃったらいけないと思うんですね。


ーー長良瀬のところの遊園地に遊びに来ている人と、川で釣りをしている人を比べると、釣り人の方が多いと思う。しかし、そういう人は積極的に自然保護に参加していないんじゃないでしょうか。


市田 そこが問題なんです。スポーツ団体とかは、団体になってるでしょう。だから役所にいろいろ発信しやすいですね。でも自然に親しんでる人って、団体に入ってない方が多いんですよね、バラバラで。ただ世論調査をすると自然のままの河原がいいって、かなりの率で返るんですけど、そういう運動にはなりにくい部分がある。


ーー川の治水工事っていうのは100年単位で考えるんですか。それとも過去に一番大きかった洪水を目安にしてるんですか。


高橋 過去のデータを調べて、日本で最も重要な川は200年に1回起こるであろう洪水に対して安全に流そうというのが方針ですね。利根川と淀川の場合は、計画であってそれが完成してるわけじゃない。その目標に向かって遅々として進んでる状況です(笑)。
利根川にしても、上流、中流下流それぞれ違うわけですね。それぞれの川、それぞれの場所にあった自然材料とか、場所によって洪水の流れが違います。上流は当然流れが強いですから石の護岸を置くにしても非常に頑強に造らなくてはならないわけです。自然といってもなにも植物とか生物とかに限らない。川自体、洪水の時は流れ方も違いますから、そういうものを含めたそれぞれの場所の自然にあった河川工法を自ら編み出すべきです。スイス、ドイツの例は非常に参考になる。その考え方が大事であって、具体的にどういう石をどういうふうに使うという施工法は自らそれぞれの川に適した方法を個性的に考えるべきです。それを考えることが川を理解する第1歩ですね。日本でもコンクリートが出てくる前は自然河川工法があったんですから。
当時は与えられた自然材料を使って、強大な洪水に対してどう対処するか非常に苦労した。だから洪水の時の水や土砂や石の流れを非常によく観察し、洪水の時は河床や堤防のここに石が当たる、だからここにこういう工法をしなくてはいけない、そういうことを非常に勉強したと思う。その経験から自ずと出てきた近自然河川工法、その頃は今みたいなしゃれた名前は言わないで河川工法そのものであったわけです。ところが今、単なる流行になっては困るんですね。昔の日本の河川工法は当時の材料を考えればなかなか優れており、適していたと思います。
今また古きを訪ね、近自然河川工法を使うことはけっこうですが、ただヨーロッパの工法を真似するんではなくて、考え方を受け入れて、自分の川の自分の担当する場所ではどういう具合的な施工法、材料がいいのかを考えて欲しいです。洪水の時どう流れるかとか、全体の瀬や河川の動きなどをよく勉強して工法や材料を定めて頂きたい。いきなり蛍を呼んでくるにはどうしたらいいかとか、そういうことが先に立つのは、治水工法としては本筋ではありません。


市田 そうだとすると一つ大きな問題は、日本ではそういう知的なノウハウに対する評価が低いということですね。


高橋 本当によく勉強していいアイデア出してもコンサルや業者の方の利益は同じでは残念ですが。


市田 だからどうするかっていうと、コンサルタントのやることは報告書の基本型がパソコンに入っていて、地名だけ変えると次の提案ができちゃう(笑)。


高橋 行政がそれを厳しくチェックすることが必要ですね。それぞれの個性を十分に重んじたものには非常に高い値段を出すとか、必ずしもそうなってないですね。行政側が見る目が肥えて欲しいですね。


市田 それがとても心配です。せっかく今新しい時代の要請があって考えが出てきているんですから、そういう意味で行政側、最終決定する側がもうひとつ思い切った決心をする必要がありますね。
信玄堤は技術的にももちろん重要だったけど、もうひとつ大切なのは住民参加してやったとこですよね。利根川とか多摩川もみんなそうだと思うんですけど、自然ということで関心を持ってますから、治水っていうとね、たぶんそれはお役所の仕事じゃないかとか、なんか難しいことは分からないっていうことになるんですけど、まず自然っていうところから親しんでもらって、そうすると、じゃあ護岸はどうやったらとか、河原はこうとかいろんな意見が出てくると思うんですよね。そこらへんでもう一度地域が川に関心を持つ。自然観察とか野鳥観察は河原に関心を持つためのアプローチとしてもよいのではないかと思います。


高橋 だから近自然河川工法も、基本的な考えにはもちろん大賛成ですから、それを契機として技術者も行政も住民も川をじっくり見よう、観察しようとする機運が起こって欲しい。治水の立場からすると、洪水の前後に川がどう変わるかとか、洲がどう変わったとかね。あるいは生物、魚のいる場所が変わるかもしれない。要するに自然河川工法というのが川をじっくり観察し見つめる契機になって欲しいですね。そういうのを理解したうえで、どういう工法を、この場所はこれ以外にはないというのを生み出すことです。自然河川工法の流行を本当の川との付き合いの流れに持っていける起因になることを期待します。
コンサルタントもいくつかのパターンを用意してて、この地方はこれ、こっちのときはこれとか、そういうことでは河川技術としても本当に進歩せずに一過性の流行で終わる恐れがありますね。


ーーコンペにしてもいいかもしれませんね。


高橋 そうですね。たとえコンペにしてもその場合審査員の姿勢が重要です。絵が綺麗だと見てくれにだまされないことが重要です。川べりに住んでる住民自体も川を見る目が衰えてますね。治水は行政任せになってるんですね。昔は行政に信頼しきれないから自衛のためにはどうしたらいいかを本当に考えたと思います。川を常に気にしてて堤防が欠けそうじゃないかというとすぐ陳情するんです。今の陳情はだいたいおねだりですよ(笑)。本当は自然河川工法が普及してきたら、見てくれだけじゃ困ると、あれじゃ堤防が危ないですとか、あるいは見てくれはいいですけど、植物や生物には必ずしもよくありませんとか、観察したものに基づいたデータを持っていけば、それは無視できませんよ。ただおねだりだと、どうさばくかは行政ももう慣れてますね。


市田 そうですね。僕らの方も一般的に川の自然を残せっていう話じゃなくて、ここをこうして欲しいと、客観的データを持って陳情することですね。


高橋 一般論としてそういう川と人との調和はどうするんだということも、行政は真剣に考え出してきましたけど、それぞれの地域での具体的な事実を持って話し合うことが必要だと思います。


市田 その意味じゃ、建設省には聞いてくれる雰囲気っていうのがすごいできてますね。役所が違っちゃったんじゃないかと思うくらい変わりましたね(笑)。


1992.8.6 原宿「きく」にて
聞き手はエス出版部 茂木真一氏(ストーンテリア編集発行人)(取材同行)+

japanese JA 40

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初出:1992年 (株)エス発行 季刊「Stoneterior」ストーンテリアVol.29 P9~19に掲載 
特集 利根川に見るリバーフロント 人間と川の果てしないドラマ
THE TONE AND ITS RIVER FRONT ENDLESS DRAMA OF MAN AND RIVER


リンク:隈研吾 - 日本デザインコミッティー

    岩崎信治 - 日本デザインコミッティー +


    淺川敏 Satoshi Asakawa

 

 

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